皆さんこんにちは、のづです。
暑くなってまいりましたね。今年もどうせ猛暑、酷暑が続きます。私は室内勤務なので、屋外で働くことを避け得ぬ方々がいる中で大きなことは言えませんが、皆さん無理せず涼しい空間を最大限活用しながら生きていきましょう。
さて、そんな夏には「経験したことない夏の原風景」みたいなものがありますよね。人の少ない田んぼ沿いの道、途方もなく広い空、ひんやりした床板、涼しい風の入る和室、ガラスのコップに入った麦茶、終わる焦燥感と無限に続くようにも思える「夏休み」という矛盾した感覚を孕む特別な時間……
今回紹介する木犀あこ先生の新作『さかさまの』はそんな田舎での夏休み、7月31日から始まる物語です。

圧倒的な「夏の本」でしたので、7月に入る前のことタイミングで紹介します。皆でヒヤッとしましょう。
物語は、女子高生の百々果の視点で語られます。彼女は親戚の紫織が住職を務める「阿弥陀寺」で夏休みを過ごしており、この寺では様々な「仕舞い」の依頼を受けているのですが、ある日の依頼で、とあるオカルティストの館に向かうとそこには白骨死体があり………現実と同時に、冒頭より文字起こしがなされている零細ホラーゲーム実況動画が奇妙な一致を見せ、おぞましい全容が明らかになっていく七日間が描かれます。
以前も弊ブログでは木犀あこ先生の作品を取り上げてきましたが、今回はしばらく時間も空いたので、女史の作品の特長と、本作の魅力を語ろうと思います。
1,木犀作品の特長①
バディ物としての妙。
木犀作品はミステリー作品が主ですが、もはや古典中の古典として知られるアガサ・クリスティのホームズとワトソンよろしく、エキセントリックな天才と、良識派の協力者というのは、もはやミステリーというジャンル以外でも型として定着*1していますね。数年前まで映画界を席巻していたMCUのトニー・スターク(アイアンマン)とローディ(ウォーマシン)あたりもコレに当てはまりますね。
木犀作品もこの型を踏襲することが多く*2、良識派の視点で語られる事が常です。読者の大半は良識派の方に共感しやすいので当然と言えば当然の構図ですが、面白いのはこの一見良識派な語り部にこそ稀有な才能/経験/感性があるという点です。物語が終盤に向かうなかで、それまで読者と共にあった視点が信用できぬ語り部に自然と移行する文才がなせる技を是非とも楽しんでください。
今作も読みながら「おや?なんか読み飛ばした??アレ?こちらが狂っているのか??」と倒錯、いや転倒するような感覚を存分に味わいました。
2,木犀作品の特長②
人の業を追い続ける姿勢
人は綺麗な生き物ではありません。裏切り、嘘をつき、エゴに満ち、欲に弱い……人が持つ美徳というのは、そういった人の醜さを糊塗するための詭弁なのかもしれません。あるいはそこには善悪などという尺度すらなく、人がより長く生き延びる為に後天的に儲けた物差しなのかもしれません。同時に我々はそのすぐにでも踏み外しうる規範のなかで道徳、善性を信じて社会をなしています。木犀作品はそんな人間の善性を喝破し、奥にある醜く、弱い様を克明に描こうと追求していきます。しかしながら木犀作品の風通しの良さ、読後感の爽やかさ、あるいは作者の倫理観が表れるのは、常に踏み外してはならぬと踏み止まる/踏みとどまろうとする姿勢です。語り口やジャンル、手法は全く違いますが、常によい人としてあろうと示すジェームズ・ガンにも似た善性への信頼を感じさせます。木犀先生もガン監督もトロマ好きだしね。
![スーパーマン スペシャル・プライス [Blu-ray] スーパーマン スペシャル・プライス [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/412GDN-EfXL._SL500_.jpg)
この2点は今作の刊行にあたり、出版元のマイナビ出版様による企画「木犀あこ先生の偏愛小説10選」にて挙げられている『スペース金融道』や『火車』の影響を感じさせますね。とは言えコレは先行作品の呪縛下にあるというより、それらを糧として個性を出している域にある(無論、出版社様もそれを見込んでの企画でしょう。)と言えます。
note.com
さて、ここからは今作『さかさまの』の魅力についてです。
1,モキュメンタリー的な偏執的あるいはヲタク的ディテール
いきなり他作品で恐縮ですが、梨氏の『かわいそ笑』をご存知でしょうか?
オムニバス的なまでに散らばった情報が統合され、一つの解を成したときに呪いの全容が見えてしまう…
この構造自体が非常に語りのフォーマットが多い現代的なスタイルで、今作『さかさまの』も例に漏れず、この要素を持つ作品です。*3
『かわいそ笑』と『さかさまの』に共通する魅力はこれだけでなく、ややもすれば過剰なほどにまで「現実的」なのです。ここで指す現実的とは、具体的な商品/企業/,サービス/ネットミームであったりする、「現実にありそうな会話」という意味での評価です。『かわいそ笑』が00年代の個人サイト文化の空気感を異常なまでに細かに描写したように、今作『さかさまの』は令和初期のSNS文化や、90年代後半生まれにドンピシャなゲームがサービス精神旺盛に登場します。これは単なる目配せ的なサービスではなく、作品世界が現実世界と地繋がり、ともすれば今どこかで本当に起こっているかもしれないと思わせるリアリティを醸し出すのに成功しています。俺もまだTwitterって読んでるよ。
2,生理的嫌悪への探求
今作は受精から出産までの過程を大きく扱う作品です。必然、性行為(今作に性的な嫌悪を催す描写はありませんが、とうしたって想起しうる)から出産までの血や未成熟な命の危うさなとがつきまとうことになります。木犀作品での生理的嫌悪と言えば『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』のなかに収められた「エヴィラ」にまつわる章*4などがありますが、今作はその点がブラッシュアップされた感がありますね。とかく今作は血なまぐさい。
『奇奇奇譚編集部』の後半はスケール感が巨大化し、世界の理そのものへの研究に至る意欲作でしたが、今作はある意味でソレの語り直し、あるいは自己批判とも読めます。
人が肉体を持ち、人格を持つことへ向き合う当たり前ながら中々に難しいことを諦めてはならない重要性を感じさせます。これは同時に前述の木犀先生の善性への信頼と表裏一体の内容ですね。
3,ラストまで怖い。
その点、あこ先生ってスゲェよなあぁ。最後まで恐怖タップリだもん。*5
エンドクレジットで観客に次回作へのほのめかしや、追加のお楽しみを用意する映画も増えましたが、木犀先生もそういったサービス精神がたっぷり!最後まで気を抜くな!!都合よく受け止める自分の手前勝手な解釈を疑え!!!
マイケル・ジャクソンの「スリラー」や「パラノーマル・アクティビティ」に見られるように、ホラーのラストはやはり「いや全然安全じゃないが!?」で終わりたいというのも、これまた様式美と言われりゃそうかもですが、読後感に怖気を持ちたいじゃあないですか。
拙文でどれだけ木犀先生の魅力を伝えられたかは分かりませんが、文句なしの傑作『さかさまの』を携え、今年の迫りくる猛暑、せめて肝だけはひんやりさせてみてはいかがでしょうか?
さすがに本を紹介する記事で自作小説の宣伝はおこがましくてできない…