のづ記

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【禍話リライトシリーズ】松下がり

※怖い話を文章化したものです。苦手な方は御注意ください。




 これは、私が小学4,5年生の頃の話だ。
 我が家で「家族旅行」といえば、海沿いの某県への旅行とほぼ同義であった。父の勤め先の福利厚生の一環で、提携先のリゾートホテルに割安を利用できたらしい。そのため、夏の家族旅行では毎年のように、同じホテルに泊まり、もはや歩き慣れてしまった近くの観光名所に行くのだった。行き帰りは海沿いの国道を父の運転する自家用車であり、私と兄は帰りの車内は遊び疲れて寝てしまうことが常である。
 その年も、私は後部座席を倒して寝ていたのだが、どうやら例年以上に長い渋滞に捕まり、あまりに進んでいない地点で目を覚ましてしまった。窓の外には海が広がり、まだ復路の半分も進んでいない。両親は延々と続く車両の列に嫌気がさしているようで話しかけづらく、兄はまだ隣の座席で寝ていて、ひどく退屈になってしまった。仕方なく、変わりようもない景色を眺めることにした。
 国道沿いの海であるので、ホテル近くのリゾート向きな砂浜というのではなく、ゴツゴツした岩肌に、波がぶつかる光景がひたすら続いている。時折本当に経営しているのかも怪しい寂れた食事処などが出てきたりもしたが、それだって小学生からして何も面白いものではない。
しばらくして渋滞が緩和されて車が動き出すと、海岸線に何かが見えました。今にして思えば植林事業か何かで植えられたであろう松の木である。その松の木の枝に、何か大きな塊が引っかかっていた。
 ビニールか何かかと思ったが、それにしては質量を感じるというか、風に吹かれる動きが軽くない。
 記憶の通りであれば、引っかかっているのは人あった。
 ビニールに見えた白いシャツはボロボロに破れ、髪も髭も荒れ放題、焼けた黒い肌。時代劇などで見る囚人のような有様の人間が、磔にされたかのように木の枝に引っかかっている。
 声を出すのも忘れて目が離せなった。恐らくすれ違って見えなくなるまでは10秒か20秒、もしかしたらそれよりずっと短かったかもしれぬが、それは間違いなく人であった。
 その時私は、幼心ながらに親に伝えるのを躊躇い目を逸らした。家に帰ってから「帰り道、海のところで気に人が刺さっていた」と話したところ
「さすがにそんな事があれば全国ニュースで流れているし、他の車が気づかないわけがなく、今頃大騒ぎのはずだ」
と至極真っ当な論理で説き伏せられた。そんなものを見ていながら、私も見間違いだったのだろうと思うようにした。


 さて、ここまでなら小学生時代に見た、(少々グロテスクながらに)年相応に想像力豊かなおかしな話で済むのだが、私が禍話に投稿しようと思ったのは、ごく最近-私も兄もいい歳の大人になってからのことがあったからである。
 盆か正月かに帰省したタイミングで兄と二人で飲みながら思い出話をしており、その中で家族旅行の話題になった。行った観光名所や地方の博物館やらの話をしていたのだが、兄がふと言葉を止めてしばし考え込んだ後
「いや、もういっか…」
と言い出した。何かと尋ねると兄は以下のような事をぽつぽつと話し始めた。
「お前が伊豆旅行の帰り道で見たっていうさ、木に刺さった人間の話あったろ?実は俺も見ていたんだ。言おうかどうか迷ったが、寝ぼけていたと自分に言い聞かせていて言わずにいた。お前はそう見えなかったから親にも話せたようだけどさ、そいつ首動かして笑っててさ…あまりに不気味でさ……」
 

 当時私が家に帰ってからあまりに怖がって話していたものなので、兄の方もそれに引きずられて見た気になっている可能性も捨てきれぬ。笑っていたというのも、いかにも不気味なものであったというイメージが先行して記憶が曖昧になっているのだと言われれば、そんな気がする情報だ。
 ただ、私は誰にもその人間らしきものの容姿に関しては、誰にも伝えていないはずだ。兄と確かめあった結果、その姿が寸分違わず同じものであった理由は、いまだに分からぬままである。


出典「シン・禍話 第十七夜」
※文章化するにあたり、一部表現を修正・再編集しています。
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