のづ記

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【禍話リライトシリーズ】細い道の女の話

※怖い話を文章化したものです。苦手な方は御注意ください。








「水を差す」という言葉がある。興を削ぐような言動を取って、場の空気を台無しにすることを指した日本語である。当然ながら嫌悪を込めて遣われる場合が多い言葉であるし、大概物事を悪い方に進めてしまう。これもそういう事例である。


「いや、でもそんなベタなことって言うんですかぁ?」

とある大学のサークルの飲み会での事だ。どういう流れでかは誰も覚えていないが、順々に怪談を披露するようになっていた。よくある話である。その会の年長者に当たる3年生が話すことになった。彼は便宜上S田と呼ぶ。
S田の話というのは、曰く自身の体験談であった。アルバイトの帰り通る細道で、女とすれ違った。朝から雨の日であったというのに女は傘していない。それでもレインコートやポンチョなどを着ていることもあろうと思ってすれ違った。S田は続けて言う。
「でもそこでさ、うわって思ったんだよ」
その女は、一切濡れていなかった。服の素材では説明がつかぬほど、肩や腕だけでなく、何も被っていないはずの頭にさえ水滴の一つも。振り返るべきでなかったのだろうが、S田は思わず自分が見たものを確かめようと踵を返してしまった。
女は既にこちらを見つめて立っていた。
「それでさ、女がなんて言ったと思う?そいつ、ニャっと笑って『誰にも言うなよ』って言ったんだよ〜」
怪談というのは、内容の恐ろしさと同程度にその場の空気如何という面がある。S田は親しみやすい人柄で、いわゆる「イジりやすい先輩」であった。その平素よりの立ち位置のせいか、あるいはS田の話術の拙さか。はたまたオチの台詞があまりに出来過ぎていたものであったせいか。とにかく、S田の話は失敗に終わった。滑ったのである。重ねて言うが、空気如何で怖くなるものなので、後輩たちは気を利かせてS田の話を補強しようとした。
「あっ、その道って先行くと墓地ある道ですよね!」
「そこか!うわ、いっつも雰囲気悪いトコじゃないっすか!」
そんな健気な男の友情を砕くように、2年生の女子―T岡が冒頭の言葉で水を差した。誰もが思っていたことではあったが、オチを貶されるのは何より苦しい。なによりそこを突かれると補強のしようもない。彼女からしてみればいつもどおりのイジりであったのかもしれないが、とにかく間が悪く、空気が読めていなかった。
S田は珍しくすっかり機嫌を損ねてしまい、それから三つ四つ話たが、盛り上がりに欠けて終わった。河岸を変えて飲むほど盛り上がることもなかったので、その日は解散することになった。暦の上ではもう春だが、まだまだ風が冷たい。年度末ということもあってか外では大通りは道路工事が始まっていた。
工事を避け、小道を抜ける。先頭を歩いていたS田が前触れもなく足を止めた。
「さっきの話な、この道なんだよ……」
これには周りも面食らったようだ。T岡への復讐のつもりかもしれぬが、S田にしては意地が悪すぎる。T岡はじめ他の面々もさすがに驚きと恐怖を隠せない様子だ。
「いや先輩それは…」
「えっ!?いや、いやぁ…タイミング良いなぁ〜!」
空元気を絞り出したS田の先には、女がいた。
女はこちらに向かって歩いて来ているだけなので、何をするわけではないが、S田は足を止めたままである。人がすれ違うためには体を斜めにせねばならぬほどの小道だ。こちらが止まっていては迷惑になる。普段からこの道を使うS田もそれは心得ているはずだし、良識ある人間で、自分たちの娯楽のために他人に迷惑を顧みぬような男ではない。とするなら、向かいの女は…
「いや、まさか先輩?あの女なんすか?えっでもアレって嘘ですよね?」
「えっ、あぁ…そう、うん」
S田は震える声で続けた。
「アレな。オチ?『誰にも言うなよ』ってとこだけ俺が足したんよ…」
皆がその言葉の意図を理解するのが先か、向こうから歩いてくる女はおもむろに手を広げた。道幅が狭いので両手は壁に付き、通るのを阻もうとしているとしか思えないし、それ以前に異常な行動である。女は、そのままこちらに向かって走り始めた。
S田達は狂騒状態に陥って、来た道を引き返して遮二無二走った。それでもこの小道なので、追い抜かして我先にと逃げることもできない。変質者なのか幽霊なのか分からぬが、とにかく異常であるのは間違いない。並びの関係で最後尾となったS田が大通りに出ると、後ろに女はいなかった。全員玉のような汗を額に浮かべている。
「ちょっと…!まじで先輩…!!」
「いや、なんだろ…ごめん!いやさ、あの女、間違いないんだよ。あいつ全部一緒だったわ」
S田が言うには、女は以前すれ違った雨の日と寸分違わぬ格好であったらしい。なのでS田からしてみれば、ひと目で分かったし、想像よりずっと危ないものだと一瞬で理解できたのだという。大通りに出た面々は、ついさっき起こった信じがたいことをどうにか薄めようとわざと笑ってみたり、大仰に怖がってみたりして誤魔化そうと努めた。当人たちはすっかり酔いも醒めていたが、道行く人からしてみれば、飲んで店先で騒ぐ学生にしか見えなかっただろう。
「あれ…?T岡いなくない?」
そんな最中、それを誰が言ったのかは覚えていないが、確かに人数が足りない。くどいようだが細道であったから、追い抜くには壁に体を擦り付けてねじ込みでもしない限り不可能だったはずだ。慌ててはいたがそんなことはしていない。だが現実にT岡はいない。もう全く理解ができなかったが、皆で恐る恐る捜索に戻ったところ、T岡は放心したまま小道で座り込んでいた。肩を揺すっても反応がないので、悪いと思いながらも頬を叩いたところでようやく彼女は意識を取り戻した。
あのとき、どういうわけか気がつくと自分は列の最後尾にいた。無我夢中であったので、どうやって追い抜かれたのかも覚えていないが、女はすぐそばに迫っていて、抱きつかれた。そこから先は何も覚えていない。T岡は普段から想像がつかぬほど泣きじゃくりながら時間をかけてそのような旨のことを話した。
この一件以来、人が変わったようにおとなしく臆病な性格になったT岡は、程なくしてサークルを辞めた。もしあの時、余計な一言を言わずに黙っていたなら結果はまた違っていたのかも知れないが、それはもはや誰にも確かめようがないことである。



この話は、怖い話をするツイキャス「ザ・禍話 第三夜」を文章化したものです。文章化するにあたり、表現や名称などを一部変更しています。
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