のづ記

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【本の話】『ふわふわのくま/ニューヨーク』【ブルックリン旋風】

皆さんこんにちは、のづです。

今回は久々に原田みどり先生が生み出したキャラクター「ふわふわのくま」シリーズの新刊。

『ふわふわのくま ニューヨーク』をご紹介します。

 

ふわふわのくまそのものについては、過去記事をご覧ください。

notturia.hatenablog.com

 

上の過去記事でも触れていますが、言葉がない絵本というのが大きな特徴の本シリーズ。私はこれを「言語のバリアフリー化」と表現しています。出自などを極限までうすめ、物語の世界にストレスフリーに没入できると考えております。

さてそんなシリーズ最新作はどのようなものなのでしょうか。

 

新刊表紙。今回はこの緑色の帽子のくまが実質的主人公。

 

 

【肥満、糖尿、成功病】

今回の舞台はニューヨーク。言わずとしれたメガロポリスは様々な創作でも舞台となっており、訪れたことのない人間であっても、超大国アメリカの発展を象徴する摩天楼や、その繫栄の陰にある線路下の薄暗いイメージが共有されているのではないでしょうか。

 

今回はそんなニューヨークで、一人(一頭?)のくまが夢を掴もうと奮闘するけれど…というお話。

夢を持つことは素晴らしい事でしょう。物語の型の一つとして「成長物語/教養物語/自己形成物語(ビルドゥングスロマーン)」があることからも、成長とは喜ばしい事でしょう。栄達を極めるというのも、実に古典的な物語の主軸の一つですね。しかしこれらは時として(あるいはしばしば?)人を傷つけます。

アメリカが資本主義の主軸となって久しいですが、そんなアメリカでは「No pain, No gain」という言葉が広く受け入れられるのだそう。

新刊『ニューヨーク』はそんな「成功の華やかな道の裏、あるいはその道の先にあるものとは…」を描いた、ドスンと重たさが残る一作です。成功に至れぬ忸怩たる思い、成功を掴んだ先にある幻滅。そして、それらにより傷ついた心を癒すものとは…

破綻しかけている競争社会に疲れた人こそ、この新刊を読んでいたただきたいですね。そして電話をかけましょう。声を聞きましょう。会えるうちに会いましょう。

 

 

【ふわふわのくまの新次元?観測者、あるいは傍観者のくま】

後半は今作の構成上の特色についてです。いわゆる「ふわふわのくま」の最もプレーンな姿はオレンジ色の服を着た子供のくまです。今作もこのデザインのくま*1が終始登場します。

しかし今作の主人公は明らかに帽子をかぶった芸術家の卵のくまであり、オレンジのくまはそれと行動を共にしつつも、その実物語に大きく動かすことがありません。ともすれば、帽子のくまが生み出した幻影、イマジナリーフレンドであってもおかしくないかのような独特の距離感があります。

今日のウクライナに寄り添う特別な位置づけの一冊であった『ウクライナ』を除けば、ここまで人格が前面に出ていないオレンジくまは異端であり、今までにない本作の味わいとなっています。

オレンジくまが「観測者」あるいは「傍観者」とも言うべきスタンスを取っているのが、どのようなことに由来しているのかは分かりませんが、今後の絵本シリーズでは、このオレンジくまが、より読者の目線となるのかもしれません。そうなったとしても、しれっと主役に戻ってこられるのも、「ふわふわのくま」シリーズの魅力でもあります。

 

【時流へのアンサーなのか、ブルックリン旋風】

ここからは新刊の話から少しそれ、個人的な体験談を。今年は「よそ者たちが作った町としてのニューヨーク」を描く作品に多く出会った年である気がします。

想像以上の世界的ヒットとなったCGアニメ映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」では、イタリア系一家のマリオ&ルイージが小馬鹿にされ忸怩たる思いを抱いている描写から始まり、街の危機を救いヒーローとなるまでを描いていました。(冒頭の食堂でのシーン、原語版ではイントネーションをからかうより明確な描写になっているそうです)

 

トランスフォーマー ビースト覚醒」でも、主人公のノア・ディアスが、貧困から抜け出すために違法な稼ぎにも手を染めようとした矢先にトランスフォーマーたちと出会い…というはじまり。上の「マリオ」とともにブルックリンに居を構えていることを何度も言及するキャラクターでした。

 

タイミングが合わず身に行けていませんが、どうやら「ミュータント・ニンジャ・タートルズ ミュータントパニック」も、「NYの中で誰かから受け入れられる”何者”かになりたい」過去一にティーンエイジャーなニンジャタートルズが描かれているとか。(TBSラジオ「アフターシックスジャンクション2」での宇多丸さんによる映画評参照)

www.youtube.com

 

パッと思いつくだけでも大型娯楽作3作(いずれもめでたく大ヒットとのこと)が雑多な街としてのNYが拠点となるお話です。昨今強く叫ばれる政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)へのアンサーとして、米国発の映画が「よそ者たちで作ったNY」を舞台にしているのかもしれませんし、単なる偶然かもしれません。

少なくとも『ふわふわのくま:ニューヨーク』がNYを舞台としたのはこれらを見てというわけでないのは間違いないでしょう。

 

いずれにしても、こういった他作品の潮流とも合わせ、非常に「2023年らしい作品だなぁ」と思った次第です。

*1:同じ個体なのか不明ですし、これを同定させることにさほどの意味もないのでこの表現を用います