のづ記

Twitterは@shin_notturiaです。本とかゲームとか怖い話とか。

【禍話リライトシリーズ】どうぞ

※怖い話を文章化したものです。苦手な方はご注意ください。
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街中で腹痛を催した。あとから思えば、昼に食べた何かが合わなかったのだと思う。もともと自分は添加物とか油の多い料理とかに弱い体質らしい。(良くはないのだが)男性の尿意であるなら、物陰で済ませてしまうこともできたが、この腹痛はそれで済むものではなかった。
不幸なことに公園もない。どうしたものかと腹を抱えながら弱々しい足でさまよっていたが、進めば進むほど、商業施設がありそうな気配は薄れていく。公衆トイレも見当たらない。
額に脂汗まで浮かんできた。とにかくこれはまずい。人生の汚点になりかねない大惨事。それだけは回避せねば。
情けなさと腹の痛さ、それと頭の毛穴が震えるような焦りに涙が流れそうにすらなる。
だからオフィスビルらしきものを見つけたときは、正常な判断力でなかったのかもしれない。空きテナントも多いようだったが、いくつか名前を出してるところもあるので、門前払いということはないだろう。駆け込むように入り口へ向かうと、自動ドアは作動してくれた。助かった。一階は使われていなかったので、階段を使いカルチャースクールが居を構える二階へ。慎重に。慎重に。踊り場を曲がり入り口が見えた。自動ドアと、手動のものが横並びになっている。手前だったから、という理由で手動のドアノブに手をかける。開いた。出てすぐの正面には受付と事務所が併設された簡単なオフィス。今はもうアレコレ考える余裕はない。後でお礼を言おう。
「す、すみません…トイレをお貸しいただけますか……」
「どうぞぉ〜」
事務所の奥の方にいた女性も、のびやかな二つ返事で快く迎えてくれた。何か作業をしていたようで、机を向いたまま手でトイレが右にあることを指し示す。「決壊」が近いので、もはや恩人の顔を見る余裕もなかったが、何にせよ、九死に一生を得た。


歯に衣着せずに言えば、若干寂れた雰囲気であるがトイレは掃除が行き届いている。
ちょっとしたトラブル。紙がない。脂汗に代わり、冷や汗が首筋を伝う。厄日というやつか。虚しく空回りする厚紙の芯。どうしたものか。恥を偲んで大声を出し、先程の入り口にいた女性を呼ぼうか。いや、その前にどこかにストックがないだろうか。あたりを見回すとなんてことはない。トイレットペーパーは後方の戸棚に納められていた。やはり、焦りは禁物である。いそいそとストックを付け替え、万事解決。ようやく心に落ち着きを取り戻すと、ドア内側の張り紙に気がついた。

前半の部 15:00〜17:30
後半の部 19:00〜22:30

現在時刻、12:48。いまは閉じている時間だ。先程の女性は輪番制だかで留守を任されていたのかもしれない。輪をかけて申し訳ないことをした。ワークショップ型の体験教室に入るつもりもないが、出るときにチラシでも貰っていこうか。
個室のドアを開けると、トイレ全体の明かりが落ちていた。昼時で窓から光が入っているのと、何より先程まで焦っていたので気が付かなかったが、センサー式だったのかな。首を振ってみたり、電球の下を歩いてみたりしたがつく気配はない。入り口を見ると、スイッチが壁にくっついていた。押してみるとバチンバチンと結構大きな音がして、スイッチに合わせて電球は明滅した。誰かが消したなら、気づかないわけがない。接触不良だろうか。少しばかり気味の悪さを覚えて出ると、廊下は昼間だというのに、ひどく暗い。照明も消え、ブラインドも全て降ろされている。
「えっ?だって…」
トイレの入り口は曲がりくねって外からの視界を遮るような作りで、二、三ある受付や窓がブラインドを落としたのなら、分からないはずがない。人の気配といったものも全くない。
先程声をかけた入り口近くの受付にも不在の旨と用事があった場合の連絡先が書かれた木札が立ててある。
自分がさきほど声をかけたところには、ダンボールがうず高く積まれている。人が座るスペースなど元よりなかったのだ。
白昼夢?幻覚?急に空恐ろしくなり、自動ドアから出ようとしたが、通電していない。センサーの真下に立っても、うんともすんとも言わない。センサーから視線を下ろすと。
女がいた。
鏡となった自動ドアのガラスに映る先程の女。確かに目視して誰も居ないことを、座るスペースすらないことを確認した受付に、その女が立っている。
思わず振り向いて後悔した。
女は、見えない壁にぶつかるパントマイムのように、何もない空間に張り付くようなポーズで立ち尽くしている。

「どうぞぉ〜」

先程と変わらぬ間延びした声。緊張が弾け、手動ドアを力任せに開けて遮二無二駆けた。真夏の酷暑であったが、とにかく駆けて逃げ出した。


あのビルが建っていた場は、もともと川を埋め立てた立地らしい。水の流れや高低差もあり、様々なものが流れ着く所であったので、今もまだ「それら」の出ない時間帯でしか使えない。
そう教えてくれた職場の御局様の話を、どこまで信じられるかは分からぬ。自分があの日見たものも、何だったのか説明がつかない。
だが、そのビルに入るテナントでは何をやっても長続きしないのは、事実なようである。




この話は怖い話をするツイキャス『THE禍話 第3夜』の話をもとに、文章化するにあたり一部表現などを変更しています。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/560193442