のづ記

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【禍話リライトシリーズ】裏返しの奴

※怖い話文章化したものです。苦手な方は御注意ください。


知り合いの女性が山登り、とはいえその日のうちに下山するような強度の運動をした時の話である。彼女のことはここではAと呼ぶ。
Aには何度か同程度の山登りの経験があったが、今回は初めて登る山であった。ハイキングの延長にあるような高さとは言え、やはり山であるから歩くだけで足に疲れを感じるような凹凸や、先の見えにくい茂った道もある。それでも他の登山客もそこそこにいて、すれ違う、あるいは追い越されるたびに笑顔で挨拶を交わすことを心がけた。

山の六合目といったところだろうか。気づくと前に一人、軽装の男が歩くのみで他の客がいない。二人きりになった。まだ昼時であるから日は高いはずだが、山の中というのもあって薄暗いせいか、もしくは、男の軽装というのが装備が少ないという話ではなく、まるで近所のコンビニに出かけるかのような場にそぐわぬものだからか、Aは急に不安感を覚えた。男が振り向いたときに他と変わらぬように挨拶をしたが返事はない。ますます奇妙、というより有り体に言ってしまえば不気味な男である。ジーンズのポケットをことごとく裏返し、ヒダのように出しているのも奇怪であった。とはいえ今のところ無害であるから、休憩を多めに取ってみたり、靴紐を結びなしてみたりして距離を取ろうとした。しかし男も同様に時間稼ぎのような動きを取るので、ついにはAが追い越さざるを得なくなり、背後を追われる形になってしまった。
頬骨が浮くほどの痩身の男であることが分かった。肉体的な弱さより、どこか虚ろな雰囲気に拍車をかける容貌に思えて、一層不安感が増した。Aも特別筋力があるわけでもない。その証拠に、どうにか距離を取ろうとしても、男の歩く速さとさしたる違いはないようでつかず離れず、ひたすらに二人で山道を登る羽目になった。
「私ね、ここの土地のものなんですよ」
挨拶を返しすらしなかった男が、唐突に口を開いた。周りに人はいないので、それは他ならぬ男が自分に向けて発したものだと分かった。思わず振り返ると、男は痩せた顔に深い皺を作り、どういう意図なのか親しげに笑みを浮かべている。何を返せと言うのか。Aは納得とも相槌ともつかぬ曖昧な声だけ出すしかなかった。男はやはり微笑んでいる。だがそれっきり会話も続かず、再び沈黙が流れた。
時計や事前に調べた情報からするに、八合目辺りまで来ただろうか。やはりAと男は二人きり、誰とも出会わずに登り続けた。
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ふと、木々の間が気になった。

そこは何か人が踏み固めた様子も、獣道のようですらない。他と何が違うかと問われれば答えようのない茂みである。その木々の間が妙に気になった。自分でも分からぬが通って行ける道があるように思えた。
「いま道を外れそうになったでしょう」
男の声だ。今度はさっきよりずっと大きい。振り返ると、いつの間にか男は距離を詰めていて、3メートルほど後ろにもついて歩いていた。男の動向には気を配っていたつもりであるが、その中で気づかれずに近づいていたのも納得ができなかったが、それ以上に自分の思考に対して反応するような言葉に呆気を取られた。
「えっ、えっと…?」
「駄目ですよ。ここらへんは特にね。道外しちゃう人がねー」
打って変わって饒舌になった男は、どこか嬉しそうに躊躇うことなく道を外れた。Aが何故だが通れると思った木々の間を分け入り、そのまますぐに草木に隠れて見えなくなった。
一体全体、彼は何者だったのだろう。
もやがかかったような気持ちで歩くと、同世代と思われる女性(Bとしよう)に出会えた。今度は大変愛想が良い。自然、同道しながら会話が弾む。山頂でも二人で写真を撮ったり、身の上話をしたりしながら下山した。下山してすぐに、人がおかしな動線で動いているのが分かった。どうやら先行する人々は一様に、道の落ちた何かを避けているようだ。
それが、先程の男の衣服で、男が分け入って「道を外れた」場所であることに気づいて、Aはひどく動揺した。だから、いざ自分が目の前に来たときも何事なのか確かめたくなり、しゃがみ込んで服を手に取ろうとしてしまった。
「痛っ!?」
それを止めたのは、意気投合してともに下山していたBであった。Bは色を失い、満身の力を込めてAの腕を掴んで離さない。Aとしても深入りすべきことでないのは頭で分かっていたから、抵抗することなく立ち上がった。



「さっきはごめんね…でもあれはね、ダメなんだよ」
「ダメって、さっきの服?」
「そう。あそこはねー…うーん……私もあんまり信じる方ではないんだけどさ……」
下山してからBと一緒に入った喫茶店で軽食を摂っていると、コーヒーを置きながらBは静かに事情を語ってくれた。
曰く、数年前にこの山に入って死んだ男がいるらしい。四十過ぎの善良な男であったらしいが、ある日突然着の身着のまま山に入り、惨たらしく死んだ。痕跡などからするに、どうにも自ら命を絶ったようで、警察も早々に手を引いた。なので全国紙に載ることもなかったのだが、以来、共に見た衣服などが見つかることがあるそうだ。
「だから、あの服は触っちゃ駄目なんだって言うのは、ここに何度か来てる人の間では暗黙の了解というかさ。大々的に『こんな服を見てもー』なんて言えないじゃない?」
「変質者というか、嫌がらせみたいに服置いていってるとかでも嫌だよね…」
「あーでもね、それはないかも…Aちゃんさ、今日山で一人きりというか、さっきの服来た男と二人きりにならなかった?」
「えっ!?え、うん……えっ、見てた?」
「いや、そうじゃなくてさ…うーん、やっぱりかーって感じでさ」

私も数年前にさ、会ってんだ。全く同じのと。


その山は気軽に登れて標高の割には頂からの見晴らしが良く、アクセスも良好ということで毎年時期を問わず多くの客が訪れる地である。
だが、Bの困り笑いに底冷えするものを感じたAは、それ以来その地に近づいていない。







この話は、怖い話をするツイキャス『THE禍話 第15夜』を再編集・文章化したものです。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/575267980