のづ記

Twitterは@shin_notturiaです。本とかゲームとか怖い話とか。

【禍話リライトシリーズ】同窓会の誘い

※怖い話を文章化したものです。苦手な方は御注意ください。



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Tという男がいた。学生の頃に大病を患い、以来、刺激の強い食べ物などは避け、仕事も在宅でできるものを選ぶようにしていた。Tの住むマンションは住民間での交流が盛んなところであった。定期的に駐輪場の清掃や、季節の催し物などが行われる、仲間意識の強い物件である。在宅ワーカーであったTは、そのような行事ごとに積極的に参加できるので、住民からの信頼が厚い人であった。
その日、Tの仕事は普段より早く終わった。昼過ぎまの雨も上がり、気分が良い日だ。コンビニで甘味などを買って、平日にちょっとした潤いを。少しだけ足取りも軽い。
ビニール袋を片手に、オートロックを開けるとエントランスには見知った顔がいた。Aという女子高生である。昨年の冬休みに、学校の勉強で躓いたところがあるというので一週間ほど家庭教師をした事があった。Aは額に汗を浮かべ、どこか落ち着かぬ様子でいる。
少し、嫌な予感がした。
Aの両親は離婚しており、親権を得た母親というのも、今風に言えば「毒親」であった。家庭教師をした際も快く接してくれたが、Aに対しての態度はひどく高圧的で、厳しい口調で叱る…有り体に言ってしまえば罵るところも、壁越しに聞こえたこともある。勉強を教えていて利発な子であることは分かっていたが、どこか内向的な印象を受けたのは、母に対して萎縮しているからではないかとTは推測していた。
そんな家庭環境のAがエントランスのソファーに困り果てたように座っているとなれば、どうしても嫌な事が頭に浮かんでくる。
「えーっと、何かあった?話、聞こうか?」
「あー…うーん、でも…」
言い淀むAに聞くのは若干出過ぎた真似であるとは思いつつ、Tは母親の事ではないかと尋ねた。母に関することと見抜かれていたAは、しばし躊躇った後に口を開く。
「えっと…はい、Tさんすみません。相談してもいいですか……?」


母親に関する相談を、Aの自宅でできるはずもなく、Tは自室に招き入れた。買ってきたコンビニスイーツを出しながら机を挟むと、Aは思わぬ切り口で母について語りだした。
母には昔からの友人がいない。中学も高校も、地元から離れたことのない人だというのに、誰かと親しくしているのを見たことがない。習い事であるとか、このマンションの催し物での近所付き合いなどは人並みにあったが、同じ屋根の下暮らしていても、学生時代というものが全く見えてこない人なのだという。以前、なんの気無しに中高時代について聞いたところ、ひどく激しく怒り出して叱られた。意味も分からなかったが、それ以来、話題にもしてこなかった。
「なんですけど…昨日…葉書が届いたんです」
「葉書…?」
「はい。同窓会のお知らせみたいで。ただそれが入り口のポストじゃなくて、うちの所のドアポストにで…」
ありえない話ではないが、奇妙であって。オートロック付きのマンションだというのに、中に入っということは、宅配業者がわざわざ開けてもらって来たというのだろうか。
「その葉書っていうのも、手作りっていうか、手書きで真っ直ぐでない字で…本当に同窓会のお知らせなのかなぁっていうような感じだったんです」
ただ母に渡したところ、母それを一日中手元に置いていた。母の性格からするに、悪戯であったらひどく怒るであろうと踏んでいた。業者をマンション内に入れたのか、あるいは住民の犯行かと管理人の元へ飛んでいくことも覚悟していた。だが、母の態度は以外にも穏やか、否、それを通り越してどこかぼんやりと葉書を眺めていた。食事の際もチラチラと眺め、寝る直前までその奇妙な葉書に、一体どれだけの情報量があるというのかと思うほど、読み返し続けたのだという。
「それで今朝、同窓会に行くからーって出てっちゃって…遅くなるからって言っていたんです。ただ、やっぱりそれも変で、お母さんが寝たあとに葉書見たら、八時半くらいには終わるみたいなんです。遅くなる…っていうにはちょっと…」
葉書の届き方、葉書そのもの、母の態度、すべてが異様である。Tとしてはやはり、そもそも本物の同窓会の案内なのか疑わしい。悪質な悪戯であろうが、それならば何故母は『同窓会』に行ったのだろうか。
「同窓会なら、どっかのホテルとかだろうけど、流石にそれは書いてあったんでしょ?」
そう聞くと、Aはどう説明したらいいのかといった困惑の濃い色で口を開いた。
「会場だって載せてる写真はあったんですけど…あー…これは見てもらったほうが早いのかも」
Aは自分のスマホで撮った葉書の画像をTに差し出した。会場として載せてある写真は、白いシャツが大量に並んだロッカーを、妙に近づいて撮影した一切意図が読めないものであった。コレでは何の参考にもならない。不気味なその写真を助長するよう、震える字で会場の名前も記されていた。
『●●鶯●ホテル』
読めない字であった。
Tは無教養な人間ではない。在宅勤務の関係で一人の時間が大半なので、本を読んで過ごすことも多い。そんなTでも、鶯の字以外は見たことがない。見たことがないというより、違和感のある字だ。漢籍に精通しているわけではないが、見たことがなかったし、字を構成する法則から外れているような印象を受ける。誰かが考えなしに、あるいは何かの意味を込めて既存の字をくっつけたような…そんな印象を受ける字。
「変ですよね…私もアプリとかで調べたんですけど、『鶯』以外の字は読めないって出ちゃって…」
Aの母は、こんな意味の分からかい誘いに応じて『同窓会』に行ったのかと思うと、Tは得体の知れない恐怖を感じた。Aを一人で戻すのは、どうにも良くない気がする。話をしているうちに九時近くなっていたので、母が戻ってくるまで二人で待つことにした。
母は、戻ってこなかった。
九時半を過ぎ、十時を過ぎた。それでもAの携帯電話に連絡はない。さすがに何か良くないことが起こっているかもしれぬとも思ったし、独身男が女子高生を招き入れて日を跨ぐとなっては何かと具合が悪い。幸いにしてAの叔母に当たる人がいるので、その人に連絡をして何か知らないか確かめることにした。ただ普段から頻繁に連絡を取っている人間ではないので、家に戻らないと電話番号が分からないそうだ。
「Tさんすみません…こんな付き合わせちゃってるのに、一緒に来てもらってもいいですか?」
家主(とはいえ家事などもA任せなところが多いそうだが)のいない部屋にあがるのもいささか躊躇われたが、それ以上に薄気味悪さと、そんな中でAを一人にすることに抵抗感を感じた。
昨年の冬から特段変わりのないAの部屋に通された。母はやはり不在だった。Aが連絡先の書かれたものを探している間、Tは部屋を見渡して待った。勉強を教えている頃は気づかなかったが、こうして見てみると親子の写真含め、どういう経歴なのかを示すものがほとんどと言っていいほど見当たらない。
「えっ?Tさん、これ!」
母の寝室を探していたAが声をあげた。クローゼットの中を探していると今まで見たことのないハードカバーの大型本−母の高校の卒業アルバムが出てきたのだという。なぜこんな場所に隠していたのかは分からぬが、その卒業アルバムに3箇所付箋が貼られているのが目を引く。
さすがにAもクローゼットまでは見ていなかった。むしろ、Aに見つからぬようにここに置いていたようにも思える。
叔母とも連絡着いたようで、あと十分ほどで来てくれるらしい。二人はアルバムを見て待つことにした。特段、代わり映えのするものではなかった。どこにでもあるような卒業アルバム。付箋が貼られたページも、学校生活の様子が貼られたページで、特に何もない。何のために貼られたのか、交互に見比べてみたが、母が写っていないページすらある。
母は写っていなかったが、ある女子生徒が写っていることに気がついた。横顔であったり、見切れていたりしたが、付箋が貼られたページに共通しているのは、その女子生徒がいることだった。そして、何度探してもクラス名簿の方にその女子生徒と思わしき人は見つけられなかった。
一体何の為に、母はこの女を強調していたのか。
そもそも、この女は誰なのか。
自分たちが想像していたよりずっと得体の知れない何か良からぬことが起こっているのかもしれない。血の気が引く感覚に襲われていると、インターホンなった。叔母が来てくれたのだ。


部屋まで通し、Tとの関係と今に至るまでの経緯を説明したが、叔母にも心当たりはないようだ。
「あー、でも…アルバムの方はもしかしたら……」
叔母曰く、姉、つまりはAの母の代で『卒業できなかった』子が一人いた。原因を同級生である姉に聞いても病気などではないとしか教えてくれず、それ以上は頑として語ろうとしなかった。それがその女子生徒なのかは分からないが、『卒業できなかった』というなら個別写真を載せなかったのも合点がいく。こんな時に結びつけるのは良くないのかもしれないが、姉は当時から独善的なところがあり、いじめに加担していたなどという噂も同じ学校の中で聞いたことがあるとも語ってくれた。
ホテルの名前も結局わからない。三人で各々検索などをしながら十一時まで待ったが、帰ってくる気配は一向にない。手がかりとなりそうな場所として母校に、叔母の車で向かうことにした。高校までは車で十五分ほど。電車で二駅先で駅にも近い立地の女子校であったが都心部なら話は別なのだろうが、この地域の在来線では終電もとうにない。車を停めて校門前で見渡したが、人が集まっている様子もない。ここも外れか、と思っていると携帯電話のライトで照らして何かないかと探していたAが何かに気づいた。
足跡だった。
昼過ぎまで雨が降っていたはずなので、比較的新しい。辿ってみると、大通りに面していない校舎−ここの学生が旧校舎と呼ぶ別棟に最も近い西門に続いていた。違和感。それはTだけでなく、叔母も気づいたようで足を止めた。帰りの足跡がないのだ。だが、どう見ても旧校舎に明かりがついているように思えない。あと五メートルほど進んだ曲がり角の先で、(この際時間を無視しても)同窓会が開かれているとは到底思えない静けさだ。足取りが重くなる。じっとりとした何かに押されながら進むような心地悪さ。三人は、仕方無しに道を曲がり、Aのライトで校舎を照らした。Aが思わず引きつったような声をあげる。


『●●鶯●ホテル』


旧校舎の入り口に置かれた白い立て看板には、あの葉書に記された読めぬ字が、震えた字で書かれている。
「えっ?え、お母さん…えっ、どうしよう…」
混乱するAを落ち着かせ、兎にも角にも警察に連絡することにした。とはいえ奇妙な葉書であるとかを話すと話がややこしくなるので、母校に行くと言ってそのまま戻ってこないという体で、電話越しに警官へ説明した。
駆けつけた警官の調べで、旧校舎の施錠は確認され、立て看板は学校とは無縁の、誰かが勝手に置いたものであることが分かった。若手に混じり、一人年嵩の警官がいたが、彼だけは何か校舎を眺めたり、学校名を確認してしばらく思索に耽っていた。帰り際、その警官は思い出さなければよかったという風な、苦虫をかみ潰したのような顔で
「あぁ、ここそっか…前に…生徒がアレだ、ほら……」
と、心底嫌そうな含みを込めて後輩警官に話しながら帰っていった。それがどうしようもなく不吉に思え、三人も後のことは警察に任せることにした。
以来、Aの母は帰ってきていない。
未成年であるAは叔母が引き取られ、今もそこで暮らしているらしい。その後、警察の調べで母の同級生も同日に何人かが失踪していることが分かった。それぞれ、家庭があったり仕事を続けていたりして投げ出すにはあまりに大きいものを持った人生を送っているし、前触れらしいものもなく、である。ただ共通して、母のもとに届いたのと同様の『同窓会』の誘いが来ていたらしい。
それからあの葉書のようなものが来ることはなかった。ただ一度だけ、失踪してから一年経ったころに真夜中に電話がかかってきたことがあった。
受話器から耳を話しても聞こえるほどの音。学校のチャイムに思えた。いたずら電話かとも思ったが、その大音量の中で、Aは確かに声を聞いた。若いのか、年を取っているのか分からぬ女の声だった。

「まだ思い出せないみたいなんで」

電話はそこで切れた。
それから先は、何一つ分からぬまま今日に至っている。母の学生時代に何があったのか、もはや知る由もない。当人すら、思い出せずにいるのだから。



この話は怖い話をするツイキャス『THE禍話 第3夜』の話をもとに、文章化するにあたり一部表現などを変更しています。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/560193442