のづ記

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【禍話リライトシリーズ】実習生とこっくりさん

※怖い話を文章化したものです。苦手な方はご注意ください。






 これは教員、まぁまだ教員を続けているかは知らないが、とにかく教員を志していた学生時代の友人Yから聞いた、彼女が教育実習で体験したのだという話だ。
 彼女は何事にも熱心で、当時は子供を真に理解してあげられる教員になろうと勤勉に実習に取り組んでいた。なので、実習中は休み時間の際も職員室や講師室に戻ることは少なく、生徒と触れ合ったり、教室で友人関係の様子を観察したりした。
 さて、実習も後半に差し掛かったある日、彼女は休み時間にトイレに行きたくなった。実習先が母校だったということもあるのだろう。駆け込んだトイレが、初日に案内された職員用の場ではなく、在学中にも使っていた生徒用だと気づいたのは、用を足した後であった。何か悪いことをしたわけではないが、なんとなく気恥ずかしい。小学校での実習というわけでもないので、トイレに行った事をからかわれるはずもないのだが、いきなりトイレで出くわしたらギョッとするであろうことは想像に難くない。
 そんなことを考えていると、運悪くおしゃべり好きな女子生徒の集団が、トイレに入ってきた。用を足す目的でないのは明らかで、教室で不特定多数に聞かれたくない話をするために、場所が欲しかったようだ。
(やってしまったなぁ…予鈴まで待とうか……)
 Yは頭の中でそれでも間に合うかシミュレートし、それでも少女らが早めに立ち去ってくれることを祈った。
「ねー!昨日はめっちゃ動いてヤバかったね」
「えっ、私○○君とK子付き合ってるって本当ヤなんだけど」
「えーでも、ほら当たってるかは分からないからさー」
 Yの願いとは裏腹に、少女たち御一行は、顔が見えずともメンバーを特定できるほどの声量と多弁さで話に花を咲かせている。どうやら、昨日の放課後にコックリさんを行ったらしい。確かに教室にいる際も、幾人かの生徒がそれに類するような話をしていたのは覚えている。今どき、コックリさんかと気にも止めなかった。
「あっはは、あれはね、近くにいた霊がイタズラで『はい』に持っていったから二人は付き合ってないよ」
 華やぐ会話に混じった、冷静な声音。誰のものだろうか、恐らく四五人いるうちの二人は確信を持って(授業中もやはりうるさく目立つので)特定できたが、今の声は分からなかった。それに、随分と確信を持って語ったことが印象に残った。その声せいなのか、Yはいつトイレを抜け出すかよりも、彼女たちの会話自体が気になっていった。
 ベテラン教員が数日前から胃の不調を訴えていたが無事だろうかと聞いたら『いいえ』と出たことに先程の聞き慣れぬ声の主は、墓参りを怠っているので、祖霊が怒っている故のことで早くしないと大病になると解説した。最近仲のいいサッカー部の某くんと遊んだのだが、仲は進展するだろうかと尋ねたら『はい』と出たことには、無理に動かした者がいて、アレは狐の霊も怒っているからよしたほうがいい、と。
(よく周りの子も一緒にいるもんだな…)
 その霊感少女とも呼ぶべき子の解説には、一定の法則があった。すべてネガティブな内容にする、あるいはポジティブな結果は霊のイタズラや人が無理に動かしたものだと否定するのだ。つまり、良くない結果に導く一方。他の女子生徒からすれば、そんな事を何も根拠にか、断定するように語られても興醒めではなかろうか。と、Yは状況も忘れて一団におかしな感情移入をした。それでも、女子中学生というのは箸が転がっても面白くて堪らないものだ。きっとこの解説も、彼女らからすればありがたいしめくくりなのだろう。不思議な友人関係をそう納得しようと努めていると、会話に変化が訪れた。
「今日の放課後どうするー?」
「んー、なんか昨日うまく『帰って』くれなくて、ウヤムヤで終わらせちゃったしやめといた方がいいんじゃない?」
「ねー、マジ焦った。それに昨日聞きたいことほとんど聞けたし今日はいいんじゃない?」
 結局、少女らは一人として用を足すことなく、蛇口周りでたむろして、出ていった。 Yはようやく出られると思い、腰を上げようとした。
その時だった。
「そうなのよ」
 声がした。
 霊感少女のものだ。どういう状況だ。まだ何人かいて、話し続けているのだろうかと思ったが、他に声は一切聞こえない。どういうことだろう。友達ではない?いやまさか、あれだけ会話に入っていたのに?
「昨日は流石にやりすぎてね、うまく帰らせられなかったのよ」
 となれば、この声は、自分に向けたものとでも言うのだろうか。しかも今何と言った?『帰らせられなかった』?何を?いや聞くまでもないことだが、いったい扉の向こうでは何がどうなっているのだ。
「だからね、あの子らにはまだ憑いてるんだ」
 霊感少女が、歩き始めた。外に向かってではない。こちらの方にだ。音で分かったが、彼女は裸足であった。ひたひたと地肌が硬質なタイルを踏む音が近づいてくる。状況も、言っていることも完全の予想の範疇を越えている。Yは混乱からひどく汗をかいた。
「それは絶対に良くないことなの。取り返しがつかない」
 声は、近づいてくる。それとともに、声量自体も大きくなった。間違いない、自分に向けて語っているのだ。
 ふと気づく。先程までの会話で、この少女の声に対してリアクションを示す声は一つもなかった。思えば、この声は一方的に解説を添えてばかりいた。少女たちにこの女の声は聞こえていなかったとした…
「だからね!」
 思案をかき消すような大声は、ドアの目の前にまで来ている。怒気を帯びているようにもすら感じる。
 ドアの隙間からその少女のと思われる足が見えたが、やはり裸足であった。
「あの子達は今のままだと成人になれないなぁ!!」
 一体何なのだ。Yは思わず耳を抑えて目を閉じた。今や声量は明らかに、トイレの外にまで響く怒鳴り声にも似た大声だ。それなのに、誰一人として異変に気づいて来る様子もない。
「分かるかなぁ!!?」
「ひっ!」
 再びの怒鳴り声。それを最後に、声は消えた。気配、と言えばいいのだろうか。ドアの前に確かに感じた誰かがいる圧迫感。それも消えたように思える。恐る恐る目を開けると、隙間から覗いた裸足も見えない。
「えっ、えっ……?」
(いたずら?いや、無理がある。何?どういうこと…?)
 額に汗を浮かべながら、ゆっくりと扉を開けると、やはり誰もいない。
「えぇ……」
 訳が分からなかったが、もうこんな場所にいたくない。その一心で、Yは走ってトイレから逃げ出した。





「それで…?」
「えっ?怖くない?私めっちゃ怖かったからね本当に。ドッキリとかじゃ無理だよアレは」
 私がYから聞いたのは、卒業後に共通の友人が有志で開いてくれた酒の席においてであった。
 Yの話は怖かった。怖かったが、気になる点、この話を聞けば誰しもが気がかりになる「その後」のことを聞き出そうと思った。
「いや、それでその子達はさ、なに、本当に例えば大人になる前に………?」
 Yは苦笑しながら答えた。
「いや、だから私の母校、今はコックリさんは絶対に禁止ってなってるんだよね」
 問いに正対した答えでなかったが、どんな言葉よりも背筋が冷たくなったのを、いまだに忘れられない。


この話は怖い話をするツイキャス『燈魂百物語 第零夜(2)』を文章化するにあたり、再編集しています。
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/337060766