のづ記

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【禍話リライトシリーズ】とうろうのいえ

※怖い話を文章化したものです。苦手な方はご注意ください。





 まだ日本にも景気のいい話があった時代のこと。ある町の屋敷に後妻として入った女がいた。しばらくして夫に当たる家の主が死んだ。とは言え、遺産を狙った殺人といった風でもなく、男はその生涯を悠々自適に楽しんだ末の老衰であった。若い女であったから、老齢の男と結婚した理由に、遺産を求めてというのは少なからずあったことだろう。だが、それは互いに合意の上であったようだ。晩年の主は実に楽しそうにしていたと言うのは、誰もが認めるところであったし、女は年老いた夫の世話を献身的に行った。
 それでも周りの人は彼女のことを悪女と罵った。夫の死んだ後、家の主となった女が若い男を連れ込んでいるのを見たという声は彼女の生前途絶えることがなかった。それも頻繁に相手を変えて「食い荒らしている」のだと言われる始末である。その家には男の数と同程度の数だけ石灯籠が庭に立っていたのだが、それがまるで連れ込まれては見かけなくなる男共の墓のようにも見えるのだという…



「…灯籠の家なんて言われてんだってさ。実際さ、マジで灯籠は多いんだよ」
「へー、えっ?先輩行ったことあるんですか?」
「いや俺も先輩が入ったりする動画とか写真見てるだけなんだけどさ、灯籠はあんだけど結構普通に触ったりしてるから、正直うわヤベーってなるとこでもないっぽいよ。冬場だったから、行った翌日に風邪引いた先輩居てイジられてたけど、マジでそれくらい」
 大学生のAは、先輩の運転する車の助手席でこれから向かう曰く付きの家について話していた。Aと先輩の他に、何人かのサークル仲間で近場の心霊スポットに行ってみようとの企画であった。気さくな先輩であったので、かしこまる事もなく耳を傾ける者もいれば、携帯電話をいじる者もいる。これから恐ろしい場所に行こうという雰囲気ではないサークルの部室の空気のままの車内といった様子である。
「だからさー、その灯籠が男たちの墓みたいだとかも元からあったんじゃねーかなって気がするし、そもそも男連れ込んでたってのも周りの妬み何じゃないかなって思うんだよね俺」
 話しながらも先輩は慣れた様子でハンドルを切り、住宅街の道に入ると、迷うことなくその屋敷の前まで辿り着いた。
 大仰な構えの屋敷は、女が死んでからは放置されたままで、今日となっては滑稽なほどに力んでいるようにも思える。そんな場であるから、曰く付きの場所に(実際に危険かどうかは問わず)感じるような抵抗感もなくA達は敷石を跨いだ。
 悪寒。Aは理由もなく首筋に冷たさを覚えた。できすぎた話だ。気のせいと納得できる程度のものであったし、今言い出せば「やり過ぎ」と嗤われたり、興醒めと叱られる気がしてならない。Aは、風が当たったのだろうと自分に言い聞かせ、やり過ごすことにした。思案している間にも他の面々は奥へ進んでいく。
 確かに灯籠はあった。
 しかし聞いていた話から想像するよりずっと多い。噂が本当だとするならば、女は病的に性欲が強かったのだろうか。そんな不埒なことを考えていると、おかしな灯籠が目についた。明らかに他の物よりも新しいのだ。聞いていた話の年代を考慮すると、どう考えても石の汚れが少なく、色が明るい。つい最近になって置いたような、そんな印象を受ける。
「これ不法投棄じゃね?」
 誰が言いだしたか、そう言われれば、そのようにしか見えなくなる。石材店が店先に並べる動物やキャラクターの石像もざつぜんと並べられていたので、冗談抜きに、そういうたちの悪い業者が夜な夜な捨てにきているのかもしれない。他にこれといった曰く付きの物や場所もないので、灯篭に手を当てる悪ふざけをしてみたり、写真を撮って何かが写り込まないか試したりしていた。そんな中でAは居心地の悪さと先ほどから首筋に感じている寒気が取れずにいる。顔色に出るほど気持ち悪くなっていたようだ。様子がおかしいことに気が付いた同級生が、周りに教えたことで気のせいで済まない状態にあることを自分も知った。不思議なもので、客観的に見ても不調なのだと自覚すると足に自覚に入らなくなり、Aは友人の肩を借りて立つのが精いっぱいとなってしまった。
「おい、お前らさっさと出てこい!!」
 外から声がした。怒りにも似た色を帯びでいることが声音から誰もが察することができた。この土地の関係者だろうか。Aは季節外れの汗をかきながら考えを巡らせた。聞いていた話ではこの家は断絶したらしいが、尾ひれ背びれがつく中で、雰囲気作りの中で切り捨てられた事もあるかもしれない。そうなったなら、自分たちは不法侵入に当たるのだろうか。
「早くしろお前ら!そこは危ないから!!」
 声をかけているのは、お世辞にも柄がいいとは言えぬ若夫婦だった。血相を変えてこちらに訴えかけている。申し訳ないながら家の格とは釣り合わぬのが一目でわかったし、向こうは頑なに敷地を踏もうとしない。縁者ではないと理解できた。ならば尚の事、ここは本当に足を踏み入れないほうがよかったのかもしれない。事実、一人は見る見るうちに体調を崩して一人で歩くのもままならぬといった状態だ。
 言われるがままに退去すると、若夫婦に遊び半分で近づくなと怒鳴られた。怒鳴られはしたが、自分たちが法を犯した火遊びをした自覚もあったし、若夫婦も柄は悪いが親切心であることは分かったので面々はおとなしく言うことを聞いた。
「ここはマジであかんから。時々来るのいてさ、大抵男が一人ダメになんだよ」
「男だけなんですか…?」
「は?お前らだって聞いて肝試しとかで来てるんだろ?」
 どうにも噛みあわない。
「ここに居たって女、後妻っていうのか?そいつが男やっちゃうから、業が深いトウロウ女なんだってずっと言われてたんだよ。それで、いまでもお前らみたいなのが来るとさ、『気に入られる』男が出て気分悪くなったり、最悪病院送りになった奴前にいたよね」
頷いて聞いていた妻の方も、敷地を出てからはAを見て、確信を持った風に口を開く。
「ねー。気分悪くしてるの君でしょ?前の子に似てるからさ、タイプなんだよ。マジでもうここら辺寄っちゃダメだよ」



「Aだけじゃなくて俺らも普通にあんなとこもう行かないよな…」
 帰りの車内は往路とは打って変わって静まり返っていた。Aは体調こそ回復したが、気分の悪さが拭いきれないでいる。もう自分は二度とこの家の近くには来ないと誓った。
 家を出て、話を聞いている中でAの寒気は引いていたが、夫婦が言うには自分達はすぐに近所の住人が見つけた己で運が良かったらしい。中には何もないというので長く居座って、首筋の寒気を無視して病院通いになったり、杖が手放せない体になった男もいるのだという。
 結論から言えば、あの家は『灯篭の家』などではなかった。灯篭も墓の代わりであるとか、そんなけったいな物ではないようだ。トウロウは、あの家の後妻だった女を指していた。

  蟷螂。

 メスがオスを食うことでも知られるカマキリのことだ。とくに、交尾の際は頭から捕食することが多いらしい。
 あの家は『灯篭の家』などではない。蟷螂の巣なのだ。
 生前彼女と関係のあった男の行方は未だに分からぬ。分からぬが、彼女が引き継いだ遺産はあの屋敷のみならず、いくつか山も持っていたようなのだが、今更理由を立てて操作するというのも困難だろう。案外、本当に彼女の腹の中に収められてしまったのかもしれない。なにせ死んだ後も男に飢えて食わずにはいられない業の深い蟷螂なのだから。






この話は怖い話をするツイキャス『THE禍話 第16夜』の話を文章化したものです。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/576990894