のづ記

Twitterは@shin_notturiaです。本とかゲームとか怖い話とか。

【禍話リライトシリーズ】創造主の娘

※怖い話を文章化したものです。苦手な方はご注意ください。



Aは五十過ぎのしがない会社員である。
品行方正とまではいかないが、周りから白い目で見られるようなことはしてこなかったし、人付き合いにも、明るみに出たならば社会的に傷跡が残るようなものはなかった。年相応なのかは分からぬが、妻子もいて穏やかな日々を慎ましく送っていた。
そんなAがいま、ガラの悪い若者数人に囲まれている。しかも人気のない夜の公園であるので、Aはいよいよ困ってしまった。冷静に分析しているようだが、当時は(当然だが)命の危険性すら感じていた。不良たちはお決まりの文句で金銭を強請ろうと、じりじりAににじり寄ってくる。
殴られるだろうか。怪我をする前に、情けなかろうと幾らか渡してしまうほうが賢明かもしれない。Aが額に汗をにじませながら思案していると、思考の虚を衝くような声がした。
「あれ、先生?」
若い女の声であった。声がする方を見ると、制服に身を包んだ高校生と思しき少女が立っていた。
「先生、こんな時間に珍しいですね」
少女は親しげに、そしてこんな状況を目にしながら至極冷静に尋ねてくる。当然不良たちも、威嚇する獣のように少女を睨みつけたりしているが、動じる様子もなく
「お知合いですか?絡まれてるんですか?」
などと能天気が過ぎるようなことを聞いてくる。だが、少女を見ながらAは質問に対する回答でも、この状況を抜け出す起死回生の方策でもない別のことしか考えられずにいた。
この女は、誰だ。
間違いなく、知らない女である。
少女は先ほどからAのことを「先生」と呼ぶが、教師でも医者でも政治家でもない。およそ師と仰がれるような仕事は、アルバイトでもしたことがないのだ。
この少女は何者で、何を言っているのだろう。「先生」を演じて答えるべきなのかすらも分からない。
Aよりも早く、不良が動いた。
「なんだよお前」
「その人私の塾の先生なんですよぉ」
不良たちが気づいたかは知らないが、あからさまな嘘だ。怖いもの知らずというのはこういうことを言うのだろうか。事実を知るAからすればおちょくっているようにすら見える。
不良たちはAそっちのけで少女を睨みつけたが、少女は知り合いの「先生」に偶然出会えたことが嬉しいとでも言わんばかりに微笑んですらいる。
「お前何なんだよ、見て分かんねぇのか」
粗悪なアクセサリーを嵌めた手が、少女のことを突き飛ばした。Aが止めに入れなかったのは、なけなしの勇気を奮う前に少女が笑っているのが見えたからだ。少女は、尻もちをついたがなんてこともないように立ち上がると、自分の体に手が当てられたことを嬉しそうに確認している。
「あー、触ったね」
「は?」
「触ったからさ。もうこれで、そこのおじさんより私との縁が深くなったんだよ」
奇妙なことを、少女は微笑みながら続けた。そろそろ不良たちが短い堪忍袋の緒が切らして殴りかかりでもしそうなものだが、どうしたものか彼らは少女の言葉を素直に聞き入っている。中には「そっか…」や「そうなんだ…」と腑に落ちたようにこぼす者さえいる。何もかもがAの思考の外側にある。
「そうだなぁ」
少女は品定めするかのように、立てた人差し指で公園のものを指していく。不良たちも、眉間にしわを寄せたりしながらも、相変わらず少女の動きをおとなしく見守った。指がAの方を指したとき、妙な寒気がしたのをいまだに覚えている。
「この公園は”そういう話”がないんだよねぇ」
指が止まった。Aや不良たちの後ろに位置する公園中央の池を向いている。
「だから、はじめは落ちたって事実で良いんだよね。そうすればあとは尾ひれ背びれ付くっていうかさ」
少女はハッキリと笑みを浮かべる。
「だからさ…」


オネガイ。


少女の言葉が早いか、不良たちは一斉に踵を返した。そんなに高くないとは言え、柵をよじ登り我先にと池に飛び込んでいく。まるで何かに突き動かされるかのように躊躇いなく激しい水音をたてて入ったかと思うと、今度は混乱しきったような悲鳴混じりの叫び声をあげた。
「うわぁ!!」
「え!?何!?寒!?」
もはや目の前で起こっているにも関わらず、現実のことと思えぬ。Aの思考を断つように隣に立った少女が嬉しそうに言った。
「いやぁ、オジさんじゃなくてヤンキーでよかった!」
「……えっ?」
「ほら、ああいう手合は素直だし…色々浸透しやすいから!」
その言葉の意味を理解する前に、少女は消えた。忽然と、ほんの数秒、目を離したのかすら記憶にないうちに、どこにも見当たらない。 消えたとしか表現のしようがなかった。
不良たちの悲鳴で、幻覚だったのかという考えも潰された。


結果から言えば、不良たちは助かった。
お人好しがすぎる話だが、見かねたAが酔って遊んでいる風の若者が、池に飛び込んでしまったと救急車やらを呼んでくれたからだ。
しかし、しばらくしてその公園では少女の言ったとおり「尾ひれ背びれ」がついて、『池で水死体が見つかった』とか、『誤って足を滑らせた子供が溺死した』なんて噂がまことしやかに囁かれるようになり、いつしか地元ではすっかり有名な心霊スポットとなった。

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※この話は、怖い話をするツイキャス「THE禍話 第24夜」より文章化するにあたり一部再編集したものです。
※今回のイラストはべにゆめ様より使用許可をいただいております。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/586478880