のづ記

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【本の話】木犀あこ『能楽師 比良坂紅苑は異界に舞う』

皆さんこんにちは、のづです。 

本日は、先月末に発売されました木犀あこ先生の新刊能楽師 比良坂紅苑は異界に舞う』のお話をしようと思います。 

 

 

 

 

 

以前の記事でも木犀先生の作品を紹介し、そのタイミングで木犀作品の特徴を紹介しましたが、改めて列挙すると 

・主人公は男性同士のバディである。 

・語り手である主人公の一人は比較的温厚で人当たりが良い。 

・もう一人の主人公はとがった才能を持つマキャベリスト然とすら思われる博識な理論派。 

・幽霊・妖怪などをモチーフにし、怪異の真相に迫るなかで主人公たちが自身の過去と向き合う。 

 

といったものでしょう。物語は大きなスケールの話が進みながらも、非常に個人的な悩み、内面的な問題が横たわっており、いずれ正対する時が来る…という語りとプロットのスケール間のギャップが魅力といえます。

さて、今回の『能楽師~』(以下、今作)は、これらの特徴を踏まえつつ、今までになかった領域に踏み込んでいます。

 

①舞台設定~奈良という都市~

物語は奈良県にある「大和女子大学」から始まります。作者自身がTwitter等でもおっしゃる通り、明らかに作者の母校である奈良女子大学がモデルとなっています。それゆえに、キャンパス内外の描写の緻密さが歴代作品の中でも群を抜いています。

過去作は東京を中心にほかの都市に出向く構成が多かったのですが、今作を経た後に読み返すと、その中で描かれる東京の描写は、どこかに「かりそめの宿」「義務感を帯びた町」といった冷淡さ、突き放されたような寂しさがにじんでいます。

対して今作で描かれる奈良は、抜けるような青空も、赤と紫が混じる夕焼けも静かに受け入れる穏やかな古都の姿です。学生時代のポジティブな印象が下地にあるのでしょう。今作は主人公が奈良から離れることがないこともあり、読むだけで朴葉色の似あう街を歩いている気になれます。生協で売っている素朴なサンドイッチ、食べてみたいなぁ…

 

 

 

能楽という題材

いずれ来るだろうと思っていた能楽という題材。というのも、作者ご自身が能楽を学んだ方だからです。木犀作品の大きな特徴として自身の過去・アイデンティと向き合うものを挙げましたが、この題材は、作者自身が自身のアイデンティティと向き合う構造とも言えます。もしかしたらすべての創作とはそのようなものかもしれません。ですが、今作の能楽の描写、表現はその熱量のこもり方には鬼気迫るものがあります。能楽というのは、シテという主演が舞台上で絶命しようと、一度始めたら終演まで止まらないとも聞きます。一期一会の不可逆的な空間である能舞台、各演目に対する圧倒的な読み込みの深さ、いずれもエンタメ作品として非常に優れた迫力ある筆致を味わってみませんせんか?

 

 

③伝統と同性愛

LGBTQという言葉が定着したのはここ10年ほど、もう少し前からでしょうか。いずれにしても現代は、男女の二区分から多様な性の在り方が当然とされる世の中への過渡期なのでしょう。それらの要素を意識的に取り入れた作品が増えているのも事実でしょうし、それがテーマ性と合致する時代をけん引するような傑作はもあれば、目配せ的に取り入れて逆に浅ましく感じてしまう(という評価が多数派を占める)作品があるのも現実のことです。

今作でも、ある段階にこの同性愛に関する話が入ってくるのですが、非常に淡々と、その事実のみを伝えるだけなのです。そこにキャラクターたちが嫌悪するでも憐憫するでもなく、ただその事実と、その後に起こった作中の事実を伝えるのみ。では逆にこの同性愛は取り入れる必要性があるのか、という見方もできそうですが。これでいいのではないでしょうか。隣にいる相手が異性であっても、同性であっても、大差がない。そのような反応こそが、今後我々が到達すべき真の意味での理解・平等なのかもしれません。

また、今作は能楽室町時代から続く伝統芸能がモチーフとなっています。その中で、家を継ぐというのは、家元としての一つの宿命であるのでしょう。そんな中で、あるキャラクターが何を思っていたのか。本編では空白なので想像するほかありませんが、この語らぬ空白にこそ、作者の祈りが込められている気がしません。

 

 

あれやこれやと語ってきましたが、緻密な筆致と大胆な展開、エンタメとして、私小説としても読めてとにかく面白い!!皆さんも『能楽師 比良坂紅苑は異界に舞う』を読書の秋に読んでみませんか?