のづ記

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【禍話リライトシリーズ】『二階の終活』

※怖い話を文章化したものです。苦手な方はご注意ください。

 

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 探せばどの町にもあるような市民会館での話らしい。

 もともと治安が悪い土地柄でもなく、そこの会議室を使うのにはさしたる条件などもなかったようだ。団地の中ではあったが、知り合いに話を通せば、団地の外に住む人間も使うことができた。週末ともなれば卓球だとか、ダンススクールだとか、いろいろな形で利用されている、どこにでもある交流の場。高齢化も進む地域においては、貴重な地域住民の憩いの場であった。

 そんな中に、老人たちで構成された一団があった。団地の人たちではなかったらしい。ある時は書道教室のように皆で集まっては何かを書いているが、達筆なのか稚拙なのか。日本語なのであろうが字の崩しが強く、なかなか読むに読めない。またある時は一堂揃って白い和装で訪れ、踊りとも体操ともつかぬ運動に興じていた。時折、利用申請の名称が変わることもあったが、表記揺れや申請者の名前が入るかどうかといったレベルであったし、何も迷惑をかけるようなことはない。なので、周りの人々は伝統芸能を嗜む老人会だろうと思っていた。歓待することもないが冷遇するでもなく、至極平和に一年ほどが過ぎた、

 

 ある晩、老人たち全員が自ら命を絶った。

 一団は、終活サークルであった。当日の夕方まで変わりなく書や踊りを楽しんでいたようで、市民会館側にも警察の捜査が入った。いつも使っていた二階の角部屋には、彼らが遺した書が束ねて置かれている。崩し字を丁寧に読んでみると、辞世の句ともとれるものであったようだ。いつからそうなったのかは知らないが、共に死なんとするカルト集団となっていたことが捜査によって分かった。

 自然、客足は遠のいた。多くの人が彼らを見ていたし、別団体であってもロビーで雑談などをして交流があった人もいた。騙されたというような憤りもあったし、それ以上に気味が悪い。人々は新たに交流会館を建て、誰が言うでもなくそちらを使うようになった。もともとあった市民会館はというと、「老人たちが集団自殺直線まで使っていた」などという不名誉な理由で取り潰すのもためらわれるし、いわゆる事故物件というべき『現場』ではない。結論は、白黒つけがたいグレーな判断―市民会館は残すことになった。

 

 廃れて久しい(とはいえ、昼の間に一階だけを使う団体は少ないながらにあったそうだ)その市民会館が話題になったのは、ある近所の大学の部室であった。顔を出してくれたOBの一人が、叔父にあたる市民会館の管理人から月に二度ほど清掃を頼まれているのだという。小遣い稼ぎにはなるので続けているが、誰もいない建物を清掃するというのは、やはり不気味なようだ。明日がその清掃日で、普段は昼間のうちに行ってしまうのだが、その日に限っては日中どうしても外せない用件があり、夕方からの作業になるのがなおさら気乗りしないのだそうだ。

 その話題に、食いついた後輩がいた。ここではAと呼ぶ。Aが食いついたのは、小遣いになることではなく、不気味なという点にであった。ネット上にアップロードするつもりなのか、一緒に行って動画を撮りたいのだという。

「別にそこで自殺したわけじゃないんだから、何も期待してるようなものなんてないと思うぞ」

 先輩がそう確認しても、Aは構わないと答えた。Aからしてみれば、『現場』でないにせよ、そんな確実に関連のある場に行ける機会など滅多になく、願ったりかなったりといった様子である。後輩の倫理観に若干不安を覚えながらも、いて迷惑することはない。それに、叔父から他の人間を入れるとなとも言われていない。結局、Aが半ば強引に連れるようにもう二人を連れだって、翌日の夕暮れ時に市民会館に集合した。

「掃除するのは一階だけだし、その間に二階行ってきていいけど…」

 何度も言うけど、現場でもないし、掃除もしてない埃だらけの場所だからな。先輩が改めて言おうと、Aは喜び勇んだ様子でカメラを構えている。

 建物の中も、ごく普通の市民会館である。少しつま先の剥けたスリッパが並ぶ玄関、利用帳簿が置かれた受付、年季の入ったカバーのソファと長机が置かれたロビー、貸し出し用の部屋が三つほど。

「だから面白いものなんてないと思うけどなぁ」

 さっそくモップに手をかけた先輩をしり目に、Aは二階に向かっていた。

 間を置かず、Aの声がした。さすがにおっかなかったので、一階に残っていた三人も集まる。途中の踊り場に置いてあった何かにぶつかったらしい。黒く塗られた高級感のある木の箱、重さがあったので揺すってみたが、音からするに紙のようなものが入っている。ただ、蓋が何かで接着されているのか、開けることはできない。先輩も知らない箱であったが、二階は普段掃除もしていないし、管理人である叔父に聞けば分かるだろう。Aは、指先やっちゃったよ~だとか言いながら、再び三人と別れて二階の角部屋へ。

 一階に戻った先輩の掃除は存外粗雑だった。暇を持て余していた後輩二人は、その仕事ぶりを茶化したが、先輩の顔には焦りや不安と言った色が浮かんでいる。

「いや、叔父さんから夜はあんまり行くなって言われたことあってな。前にも一度夕時に掃除しに来たことあったんだけど、その時も足音っぽいの聞いちゃってさ…正直早く帰りたいんだよな」

 後輩からすればそれを先に言ってほしいし、そんなことと知っていれば来るはずもないのは分かっていたが、言えばAがますます乗り気になるのは明白だったので、申し訳ないが言い出せなかったらしい。

「だからさ、本当ごめんな。さっさと終わらせて帰ろ帰ろ」

 四角い部屋を丸く掃除する有様であったが、広さはある。十五分か二十分か、それくらいは時間がかかった。それでもAはまだ戻ってこない。もともと見るものなどない所であるし、あったとしても時間がかかり過ぎている。二階に向かって階段下から呼びかけても返事がない。三人は嫌々ながらに二階まで迎えに行くことに決めた。階段の途中で、違和感を覚えた。

 箱がない。

 Aが足をぶつけた黒塗りの木箱。三人も確かにその存在を目で確かめていた木箱。Aが持ったまま二階に向かったというのか。

「いやそれも意味分からんけど、それ以外無理っていうか」

「物理的にあり得んよね…」

 お互いに納得させつつ上った二階にも、Aは見当たらなかった。一階同様にいくつかの部屋があったが、件の団体が使っていたという奥の角部屋にも、Aの気配はない。呼びかけても、返事はない。ざわつく二人をよそに、先輩が声をあげる。

「あっ!ほら、あそこだ!」

 それは擦りガラスで仕切られた広縁であった。日も落ちてきていたので見えづらいが、そこにシルエットが見える。

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 Aは、静かにそこに座っていた。座ってはいたが、三人は思わず悲鳴を上げた。Aの体には至るところに紙が貼られていた。崩し字で何かが書かれていてお札のように見えたそれは、どのようにして貼ったのか、後頭部や背中にまで、隙間を埋めるようにびっしりと貼られている。

 何の為に。どうやって。どこから…

 膠かなにかだろうか。粘着質な何かで貼りつけられており、剥がそうにも中々剥がせない。ふと気づく。あの箱だ。あの箱に入っていた紙だ。自分でもわからないが、根拠もないのに何故かそう思え仕方ない。しかしAが仕込みようもなく、百歩譲って仮にそうだとしても、背面にまでどうやって貼ったというのか。

「すみませんねぇ!」

 それまで虚ろと言っていいほど押し黙っていたAが突然大声を出した。

「俺だけ助かるみたいですけど!ごめんなさいね!」

 受け答えにならない言葉だった。Aはこうすると助かる、自分だけが助かるが他の人を気にする余裕なんてない。卑怯者と罵ってもいい。俺だけ助かるから…と連呼した。俺だけ助かる。何から。不穏な単語が何を指すのか、先輩が何度か尋ねると、Aは理解の悪いことに苛立つように乱暴に指を指した。入り口。自分たちが来た方だ。

「ほら!!」

 人がいた。

 白い和装の全く見知らぬ老人が、三人か四人。

 咄嗟に、広縁と部屋を仕切る擦りガラスの戸を閉める。広縁と言えど、旅館の和室にあるような広さの物でもないので、座り込むAが既にいるところに三人が入るには、身を寄せて立たなくてはならない。

 白い和装の老人。いやそんなわけがない。だって彼らは…

 混乱する三人をよそに、Aはなおも同じことを言い続ける。

「いやぁ、すみませんね。俺だけ助かっちゃってね」

 後ろから出ようにも、窓は固定されていて開けることができない。追い詰められている。しばし悩んだのち、先輩は戸を壊れんばかりの勢いで開け、叫び声を上げながら廊下に向かって走った。広縁と出入口は正対しているので、目を瞑っても平気だった。後輩二人も、それに続いてがむしゃらに走った。

 老人たちはいなかった。

 訳が分からないが、とにかく廊下まで出られたのは幸いである。

「おい!Aも…」

 まだ広縁にいるAを呼ぼうと振り返る。先ほどまで自分たちが篭城していた場に、老人たちがいた。Aを取り囲んでいる。もはや、どうやってそこまで移動したのかなど考える余裕はない。とにかくこれではAを助けられないと思った矢先、老人たちが奇妙な動きをしはじめた。

 右足を上げ、下ろす。右足を上げ、下ろす。

 その単純な動きを、規則正しく、黙々と続けた。取り囲まれたAは取り乱すこともなく、先ほどまでと同様に、自分だけが助かって申し訳ないなどと言って、自ら戸を閉めてしまった。

 Aがどうなったのかを確かめることはできなかった。三人はそのまま飛び出した。とにかく敷地の外へ。それで済むのか分からないが、とにかく外へ。

「お前らは帰れ。俺は叔父さん連絡して、とにかくなんだ、分かんないけど、事情説明したりするから」

 混乱気味の先輩に、半ば追い払われるように後輩二人は帰宅した。しばらくして、先輩からどうにかなったという旨のメールが来たが、全容はぼやかされていた。Aの携帯電話に連絡しようとも、電源が落ちているらしく通じない。

 そのまま、それぞれの家で一睡もできぬまま夜が明けた。明け方、(後になって分かったことだが)二人の携帯にほぼ同時に、メールが来た。Aからだった。内容は、一言だけ。

 

『うそつかれた』

 

 不気味な、否が応にも不吉なことを連想せざるを得ないメールだが、携帯電話から連絡できていたのだと思い、電話をした。だが、Aは出ない。メールを送ったが返信もない。

 Aは、そのまま行方知れずとなった。

 後日、先輩に聞いたところ、二人を家に帰した後、叔父さんや何人かの大人を呼んで市民会館に入ったそうだ。Aは二階の角部屋にいたらしい。その時もまだ、自分だけが助かるだとかうわ言のように言い続けていたらしく、数人がかりで紙を剥がして、担ぐように外に出した。夜ではあったがお祓いを頼んでしてもらってから家に帰したとのことだったが、その後の足取りは誰もつかめていない。

 

 実は少し前に聞いていた話だが、最近になってようやくその市民会館の取り壊しが決まったということで、公表することにした。

 

 

 

 

この話は怖い話をするツイキャス『THE禍話第二夜』の話をもとに、文章化するにあたり一部表現などを変更しています。

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/558900410