のづ記

Twitterは@shin_notturiaです。本とかゲームとか怖い話とか。

【禍話リライトシリーズ】夢の中の現場

※怖い話を文章化したものです。苦手な方は御注意ください。






 夢の中でAは、自身の兄と、見知らぬ女とレストランに来ていた。見知らぬと言っても夢の中であるから、疑念を抱くことはなかった。何故それで「見知らぬ」と言い切れるかというと、長く伸びた黒髪が顔を隠し、その全貌が見て取れなかったので、目が覚めてから関係性を理解した次第である。
 さて、三人は夢の中でレストランにいた。ガラス張りの明るい間取りで、公道に面した席で他愛もない話をしていた。内容は覚えていないが、嫌な印象はなかったと思う。芸人のTはラジオでは明るく楽しいだとか、先日どこそこへ行っただとか毒にも薬にもならぬ内容である。
料理は何を頼んだかすら覚えていないが、しばらくそこにいると、外が騒がしいことに気づいた。
斜向かいビルの前に人だかりができている。何かを隠すように輪を作り、悲鳴も聞こえてきた。どうにか輪の中心にあるものを撮ろうとスマートフォンを握った手を伸ばす浅ましい姿も見受けられる。
 死亡事故だ。根拠はないがAは確信した。車に撥ねられた女がいるのだ。そして、その『死んだ女は、今目の前で談笑する女』だとも理解した。
 Aがすべてを理解したことに気づいたのか、女は椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がると
「待っていた!!これを待っていたんでしょ!!待っていたんでしょ!!」
と喜々としてその場で絶叫した。そして踵を返し、出口へと向かい始めた。
 女を『自分の事故現場』に行かせてはならない。
 何が起こるのかは分からないが、とにかくそこで自身の死体と対面させると、取り返しのつかないことになる気がした。
 しかし、止めようとして女に近づくと、何故か気持ちが萎む。女の言うとおり、こうなることを待っていたようにすら思えて、納得してしまう。それが長く続くと、女に取り込まれる事も感覚的に理解した。事実、止めようと女の手を掴んだ兄は、女がその手をするりと抜いても追うことはせず、その場に立ち尽くして呆けたように口を開けたままとなった。Aは金切り声に近い呼び声で兄を引き戻そうとした。そのまま放っておくと、二度と連れ戻せないところへ行ってしまう気がしたのだ。
呼びかけたり体を揺すったりしてどうにか兄の意識が戻ったときには、既に女は店を出て、嬉しさを隠しきれぬ足取りで事故現場に駆けていた。
ー終わりだ。
 そう思ったところで目が覚めた。午前2時であった。


 ひどく厭な夢であったが、Aには心当たりがあった。転職が決まり、新しい職場への出勤を明後日に控えている。緊張が夢に反映されたのだろう。自分に言い聞かせるためにも、枕元にあったスマートフォンで夢の内容を解説するサイトを巡った。
 どうやら夢占いによれば、見知らぬ他人や死にまつわる夢というのは、新しい環境などの変化への不安を暗示しているらしい。確かに、そういった不安はある。寝汗はすごかったが、さすがに起きる時間でもない。Aは再び眠りについた。あまりいい夢を見た気もしないが、記憶に残ることはなかった。次に起きたのは8時であった。

 起きてからは出勤に向けた準備であるとか、恐らくしばらくは出来ぬであろうからと料理の作り置きをと鍋を振るったりして過ごしていた。
昼過ぎになり、夢のこともほとんど忘れたころ、なんの気無しに翌日から通う職場について検索してみた。
 そこで、ひどく後悔した。



昨年度、職場の目の前で自動車事故による人死にが出ていた。被害者は若い女であった。


 そんな前情報は全く知らなかったし、面接や仕事の引き継ぎのために訪れた際に死を近くに感じる陰気な印象は全く受けなかった。
しかし、関連する語句で調べた限り、どうやらそれは事実らしい。
 なぜそのような夢を見たのかは分からぬ。分からぬが、Aは生活のために今日もその職場へ通っている。



この話は怖い話をするツイキャス『THE禍話 第11夜』の話をもとに文章化したものです。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/570305277